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No. 53 チシマタマガイ(千島珠貝)


第53回目は、タマガイ科のチシマタマガイ(千島珠貝)です!

本種は東北地方・能登半島以北、北海道、オホーツク海、千島列島に分布する殻長50mmほどのタマガイです。二枚貝を襲って食べる肉食性の巻き貝で、砂浜でよく見かける穴の開いた二枚貝を作っている犯人は、十中八九このタマガイ科に属する貝です。

本州の砂浜で馴染み深いツメタガイと比べ本種は螺塔が立つ一方で、やはり丸みが強く実にタマガイらしいシルエットをしています。濃淡入り混じる褐色で彩られた殻表は鈍く輝き、重厚な殻はずっしりとした重量感と滑らかな肌触りが心地よく、ふと無意識のうちに手を伸ばしてしまう、そんな魅力あふれる可愛らしい貝です。

そして非常にポイントが高いのは石灰質の蓋を持つという点であり、これにより本種は”ハイエンド・タマガイ”へと昇華します。個人的な趣味に過ぎませんが、やはり石灰質の蓋を持つ巻貝は別格です。これがピタリと隙間なく殻口に収まる様は私の心を掴んで離さず、蓋を貼り合わせる作業は標本作成時の最も高揚する瞬間となるのです。

実はこの個体、先入観から「エゾタマガイに違いない!」と決めつけていたのですが、改めて図鑑を読むと”北海道南部以南に分布”との情報が。これは私の採集地と一致せず、どうやら貝殻外観が酷似したこれら2種を見分ける方法は蓋に刻まれた溝の有無であることが分かり、私の標本はチシマタマガイであるという結論に至ったのです。ここに生貝を採集して標本を作ること、つまり同定形質が完全な標本を所有することの意義があるのです。

私事ですがこの春、ついに慣れない大都会から飛び出し、北海道に移住しました。私の暮らす道東はまだまだ朝夕の冷え込みが厳しく、今もストーブに当たりながらこの文章を書いています。冷たい潮風を胸いっぱいに吸い込み、夕陽を眺め砂浜を歩く・・・。10年ぶりに取り戻した雪国の暮らしは、ふとした何気ない日常さえもが美しく輝き、ここに来られて本当に良かったと幸せを噛み締める今日この頃です。

2024.4.26 安田 風眞
タマガイ科の商品はこちら

No. 52 ユリヤガイ

 

第52回目は、巻貝なのに二枚貝??ユリヤガイ科のユリヤガイです!

皆様、お久しぶりです。2回連続で対談コラムを掲載いただいたため、久しぶりの登場です。実は50回記念では「殻長140mm!見よ、これぞ王の風格-貝殻専務に特別に仕入れてもらったウミノサカエイモ-」というハイテンションな記事を書くつもりが、なんと唐突に貝殻専務より新幹線のチケットが届き・・・。感涙に咽びながら新幹線に飛び乗り、懐かしの山口県へ4年ぶりに“凱旋”を果たした次第です。
貝殻の問屋さんでの対談を終えた後は貝殻専務と熱い貝トークに花を咲かせ酒を飲み交わし、翌日からは古巣の下関へ足を運びました。我が水産大学校の所在地である吉見に達する頃には目に映るもの全てが愛おしく、胸が詰まりもはや言葉が出ず・・・。これ以上続けると本題に入れないので、下関探訪記はこの辺りで割愛します。

さて、ユリヤガイのおはなしをしましょう。本種は巻貝でありながらも殻を2枚待ち、殻だけ見ると二枚貝、歩く姿は巻貝(ウミウシ)という実に不思議な生き物です。特定の海藻のみを餌とし、本邦では山口県の見島や角島、伊豆半島、紀伊半島、四国南部、奄美諸島、沖縄などのごく限られた場所でしか見つかっていない希少種です。昭和天皇も「秋深き 海をへだてて ゆりやがひの すめる見島を はるかみさくる」と一句詠まれた、栄えある貝の一つです。
実は私、かつて角島で自然観察ガイドのボランティアをしていたこともあり、この島は非常に馴染みの深い場所です。そんな角島は大浜海水浴場のドリフトライン(漂着物が帯状に並ぶ場所)に目を凝らせば(実際は匍匐前進に近い怪しい姿勢)、5mm程度の小さな本種の貝殻に出会えます。写真の個体はまさに先日拾ってきたもので、片袖を振り上げたようなアウトラインにこのサイズ感と緑色の色彩とが相まって、非常に可愛らしいデザインをしています。漂着個体の採集は絶妙な難易度ゆえに中毒性があり、一つ見つけては次が欲しくなり、また一つ見つけては・・・と、際限なく探してしまうタイプの危険な貝です。本種を探しに初めてこの島を訪れた大学一年生の初夏、事前に情報を教えていただいた「つのしま自然館」に戦果報告に赴くと「こんなに拾ってくる奴は初めてだ」と大絶賛(ドン引き)された思い出があります。これがきっかけでガイドに採用していただいたのですから、並々ならぬ思い入れのある貝の一つです。

主に砕けた貝殻で構成される角島の「貝砂」特有のまばゆい白さは、私を学生時代へと連れ戻します。いつでもあの頃に戻れる場所、大切な第二の故郷。この地に永住したいとさえ願うほどに、山口が、下関が大好きでした。山口を踏み締めるたびに、そんな想いがどうしようもないほどに溢れ・・・。しかし私は雪国の男。凍てつく白銀の大地が、私を呼ぶのです。

2024.3.28 安田 風眞
貝殻専務との対談記事はこちら

No. 51 記念対談(安田 × 古賀専務)《後編》


貝殻の問屋さん公式ショップで毎月連載中のコラム「貝のおはなし」。2019年10月のスタートから50回を迎えたことを記念して著者の安田さんと古賀専務の対談を実施しました。
前編では執筆や貝を好きになったきっかけなどを紹介。後編では、学生時代の研究内容やこれまでに紹介したおすすめコラムTOP5について伺います。
コラム執筆のきっかけなど前編はこちら

山口で見つけた“あの”アカニシ

古賀――下関の水産大学校ではどんな研究をされていたのでしょうか?
安田――アサリを捕食する干潟の巻貝をテーマにアカニシとツメタガイを研究していました。特に好きな貝はスイジガイですが、アカニシも好き。出身地の北の海・秋田県には地味な貝が多いのですが、鮮やかな殻口の美しさ、殻の重厚感に惹かれました。それに昔はとにかく大きい貝が好きで。
古賀――秋田のアカニシと山口のアカニシは何か違いがありましたか?
安田――実は秋田のアカニシには角がなくて山口(瀬戸内海)のは角があるんです!見つけて感激しましたね。ゆくゆくは新種を見つけて「ヤスダツノアカニシ」と名付けたいという野望もありました(笑)
 
アカニシ:日本海型(左:日本海型にしては肩が張る個体)瀬戸内型(右)


■安田さんおすすめ「貝のおはなし」TOP5

5位 イモガイの王様
第36回 ウミノサカエイモ(海之栄芋)2022年11月
安田――かつて世界一高価な貝として君臨した「イモガイの王様」の回です。貝愛好家の間では有名なエピソードですね。殻長140mmの標本が2000ドル(現在の貨幣価値に換算すると300~400万円)で取引されましたが、今でも博物館に展示されるレベルのサイズです。
古賀――180mmが世界最大と書かれていました。貝は数ミリの違いでも厚みや重さが大きく変わりますよね。

ウミノサカエイモのコラムを読む


4位 祖父との思い出
第41回 ホシダカラ(星宝)2023年4月
安田――幼いころ私が初めて触れたタカラガイで「これこそ世界で一番美しい貝に違いない!」と興奮しました。もはや神格化されています。祖父が大切にガラスケースに保管していた標本たちとの出会いこそが貝愛好家の原点ですね。
 
ホシダカラのコラムを読む

3位 発見されたばかりの新種!?
第23回 サザエ(栄螺)2021年9月
安田――実はサザエは2017年に「新種」であることが判明。常識に捉われず真実を見極めよという教訓でもあります。実は私、貝は好きでも巻貝を食べるのは苦手で…。二枚貝は好物ですけどね。
古賀――意外でした(笑)海外で茹でたクモガイを食べましたが美味しかったですよ。ソデボラ科は甘みがありました。ちなみに私はタイラギの貝柱が好物です。

サザエのコラムを読む

2位 "魚屋"の友人が仕上げた標本
第46回 スイジガイ(水字貝)2023年9月
安田――スイジガイは特に好きな貝。第3回(2019年12月)にも紹介しましたが、学生時代の友人が生貝から処理して標本を仕上げたという回です。生粋の"魚屋"の彼が貝を集めるようになったというバックストーリーが印象深いですね。

スイジガイ(第46回)のコラムを読む

1位 美麗なのにどうして嫌われ者?
第42回 ミドリイガイ(緑貽貝)2023年5月
安田――殻表の鮮やかな青緑色、鈍くも強い輝きが美しい二枚貝なのに、どうして嫌われ者なの?その背景を伝えられた回でした。一方的な私の貝愛ラブレターじゃなかったなと(笑)

ミドリイガイのコラムを読む

安田さんありがとうございました!これからも「貝のおはなし」をお楽しみに。

■Profile
安田 風眞(やすだ ふうま)
1995年秋田県生まれ。水産大学校(下関市)大学院2年生だった2019年10月から「貝のおはなし」の執筆を始める。

「貝のおはなし」コラム一覧はこちら

《 対談を終えて -古賀専務- 

まずはこれまでお忙しいなか50回休むことなく連載してくださった安田さんには本当に感謝申し上げます。


私は2018年にそれまで勤めていた会社を辞めて父が経営するこの会社に入社したのですが、全く異業種にいたので貝殻の知識をつける上で私自身も安田さんのコラムはとても役立っています。毎回コラムで取り上げられる貝の知識もさることながら、そもそも貝愛好家の方々がどのように貝殻を見ているのか、貝殻のどこに魅力を感じているのかが分かるのは私にとっていつも新鮮で興味深いですね。
安田さんにコラムを依頼した当初は、貝の基本的な情報(貝の食べ物や生息環境、成長方法など)をテーマにして当社商品をもっとお客様に身近に感じてもらえるようになればいいと考えていました。しかし実際に連載が始まると安田さんが毎回1つの貝を取り上げて、その貝への想いを綴っていくというスタイルに。 今回の対談でもその私の当初の思惑と実際のコラムのズレ(?)について触れましたが、安田さんは「そういえば初めにそういうことを言われたような・・・」くらいの感じでした。私の考えはほとんど伝わっていなかった(笑)。ですが、今では結果的にこのスタイルでよかったと思っています。ネタが切れずに長く続きますし、なにより貝愛好家の方のことがよくわかって面白い。

私が貝殻を仕入れる際には価格交渉や貿易手続きといった一般的な仕入れスキルのほかに貝殻知識が必要になります。その貝殻知識は言わば“バイヤーとして基礎力“です。いくら一般的な仕入れスキルに長けていても、貝殻知識がなければいい貝殻は仕入れることができません。貝殻は種類や産地が多い上、品質や仕入れ値も不安定なので、仕入れにあたってはバイヤーの総合力がかなり求められます。私も日々図鑑などをみて知識を増やすようにしていますが、図鑑には載っていない「貝殻を愛する人の視点」はほとんど安田さんのコラムから学んだものですね。これが結構仕入れのときに役に立つんです。初めての仕入れ先に「こいつ分かってるな」と思わせられる(笑)
実はこの対談の後に安田さんとお酒を酌み交わしました。この「貝殻愛好家と貝殻商人」の宴では、延々と貝殻の話が続きとても楽しい時間でした。「またいつか対談しましょう!」と言ってその宴はお開きにしましたので、またいつか対談ができると思います。
安田さん、これからも素敵なコラムの連載をお願いします。
そして皆さま、これからも貝殻の問屋さんをよろしくお願いします。

No. 50 記念対談(安田 × 古賀専務)《前編》


2019年10月から貝殻の問屋さん公式ショップで毎月連載中のコラム「貝のおはなし」が50回を迎えました。それを記念して著者の安田さんと古賀専務の対談を実施。安田さんってどんな人?どうしてコラムを書くようになったの?貝を好きになったきっかけなどを聞きました。 
おすすめコラムTOP5など対談後編はこちら


古賀――約5年間、一度も休載することなく続けてこられましたね。
安田――毎月締め切りに追われていましたが何とか書き上げてきました。最近では貝殻の問屋さん公式X(Twitter)でのコラム引用も盛り上がっていて嬉しい。ヒメゴゼンソデの名前大喜利も面白かったですね。


貝殻の問屋さん公式Xを見る

出会いは東京での貝類学会

古賀――安田さんと知り合ったのは2018年夏の貝類学会でしたね。会場は東京海洋大学でポスター発表をしていたのが安田さんだった。
安田――当時は下関にある水産大学校の大学院1年生でした。同じく山口県から参加しているということで話しかけてくださいましたね。その後、研究室の友人を連れて何度か貝殻の問屋さんに遊びに行ったのも楽しかった。友人も見事に貝沼にハマりました(笑)
古賀――コラムを書き始めたのは2019年10月、大学院2年生の時でしたね。
安田――古賀さんからコラムの依頼があったとき、実は断ろうと思っていました。お断わりメールの下書きもしていたのですが、研究室の先生にせっかくの機会だからやってみろと背中を押されたんですよ。連載当初は修士論文執筆の山場に突入し始めた頃で、息抜きにコレクションを眺めては貝への想いを綴っていたことをよく覚えています。
古賀――貝の生態などを多くの人に知ってもらいたいと思ったのが依頼のきっかけでした。学生さんのうちは多少時間に余裕があるだろうから書いてもらえると思って依頼したら連載が始まって約半年後に水産大学校卒業と聞いて焦りました (笑) 。社会人になってからも続けてくれてありがたい。
ナンヨウダカラの朱色を「燃える夕陽を閉じ込めたよう」といった感じで貝愛溢れる“安田ワールド”の表現が良いですよね。

 
No.29 ナンヨウダカラ(南洋宝)を読む

博物館で見たアオイガイに心をつかまれた幼少期

古賀――貝類学会で感じたのは貝好きな人は幼少期に貝に触れた経験があるということ。貝を好きになったきっかけは何ですか?
安田――私は秋田県出身なのですが、県立博物館で出会ったアオイガイがきっかけでした。博物館の先生に秋田の海でも拾えるんだよと教えてもらい砂浜に通い始めたのですが、殻を拾ったのは5年目でした。その過程で気がつくと貝の沼にどっぷりとハマっていたという感じですね。
アオイガイは温暖な海域にしか分布していませんが、海中を漂いながら生活しているので一部の個体が海流によって日本海沿岸にやってきます。

No. 1 アオイガイ(葵貝)を読む

スイジガイの造形美は鹿の角にも通ずる

古賀――特に好きな貝は何でしょうか?
安田――スイジガイです。コラムも2回書くほど好きで。小学校2年生の時に祖父に買ってもらった図鑑に載っていて形に衝撃を受けました。鋭い棘、褐色の霜降り模様、オレンジ混じりのピンク色の殻口、あらゆる角度から鑑賞できる完璧な造形美ですよね。私の中では神格化されるほどです。
生体を見たいと駄々をこねて小学校4年生の時に沖縄に連れて行ってもらったのですが、残念ながら自分では捕まえられませんでした。でも近くにいたカップルが捕まえていたので大興奮で見せてもらいましたね(笑)
 
No. 3  スイジガイ(水字貝)を読む
No. 46 スイジガイ(水字貝)を読む

私は狩猟者でもあるのですが、鹿の角とスイジガイの「自然の造形美」には何か通ずるものがあると思っています。むしろ鹿の角がスイジガイに寄せているのではないかと。
古賀――別方向の興味かと思ったら貝と鹿が繋がっているとは思いませんでした。
安田――鹿が好きになったのも小学校低学年の時に北海道に連れて行ってもらったのがきっかけです。やはり幼少期の経験が今につながっていますね。
古賀――幼少期の感動は一生もの。これからも貝少年、貝少女が多く育ってほしいですね。

貝殻の問屋さんは気軽に貝殻に触れられる特別な場所

安田――ぜひたくさんの人に貝殻の問屋さんの実店舗に来て貝殻を直接手に取って見て触れてほしい。こんなに重いんだ、こんなに艶々しているんだと感じながら。何百種類も貝殻があって気軽に触れるところなんて他にないですよ。博物館だったらガラスの向こう側で眺めているだけですもんね。

古賀――昨年の8月に土曜日特別オープンの夏祭りを初開催しましたが、店内がぎゅうぎゅうになるほどお客さんが来てくださいました。遠くは千葉や兵庫からも小さな“貝殻博士”が。目をきらきらさせていて嬉しかったですね。

 
(貝殻すくいやシェルビーズのアクセサリー作り体験なども実施しました)

安田――貝殻1個百円台から売られていますよね。お小遣い価格で買えるのは貝殻の問屋さんならでは。棚に美しい貝殻の数々が所狭しと並べられているので、ついつい買う予定のなかった貝までカゴに入れてしまいます。いろんな種類を買ってわくわくと夢を膨らませられるのは楽しいですよね。
古賀――仲介業者なしの直輸入、コンテナ輸送での大口仕入だからこそ可能な適正価格で販売しています。気兼ねなく触れることで貝殻が身近なものになってほしいですね。

 
後編ではこれまでのおすすめコラムや学生時代の研究内容などについて語っていただきます。お楽しみに。


■Profile
安田 風眞(やすだ ふうま)
1995年秋田県生まれ
水産大学校(下関市)大学院2年生だった2019年10月から「貝のおはなし」の執筆を始める。
「貝のおはなし」コラム一覧はこちら

No. 49 ヒメゴゼンソデ(姫御前袖)

第49回目は、ソデボラ科のヒメゴゼンソデ(姫御前袖)です!
ヒメゴゼンソデは、ベンガル湾-北西インド洋に分布する、殻長130mm前後の中型のソデボラです。
本種最大の魅力は、誰しもが一目で恋に落ちる、その抜群の美貌と言い切って間違いないでしょう。優雅に広がる殻口外唇部はまさしくソデボラの名を体現し、さらにこの下端が強く湾入する様は、たすき掛けの振袖を連想させます。そして水管溝から続く外縁はやや広めのアーチを描き、これらによって形成される流線型のアウターラインの美しさたるや、ただただ見事の一言に尽きます。曲線美という言葉は本種のためにある…。そんなことすら思い浮かんでしまう、ソデボラ科が誇る美麗種です。一方で螺塔は非常に細く鋭く尖り、緻密な縦肋と稲妻模様で飾られます。また白い殻口とは対照的に背面は濃褐色を帯び、艶やかで心地良い光沢を放つ様は実にソデボラらしい特徴の一つで、これを以て本種は"単に美しい"を超越した存在へと昇華します。
 
ちなみに和名に"ヒメ"とつくのは、大型で重厚な「ゴゼンソデ」がいるからです。本種を見るに小さいものを「姫」と呼称する日本の文化に賞賛を送りたく、本種はまさに見つめるほどに惹かれてゆく、魔性の姫君です。
ソデボラ愛好家の私ですが、恥ずかしながら本種を初めてこの目で見たのは3年前の冬のこと。兵庫県は西宮が誇る西宮市貝類館のガラス棚の中で、ひっそりと輝く本種に目を奪われました。最近になってようやく手中に収め満足したのも束の間、次は本種の生きた姿を見てみたい…。己の底なしの欲望に呆れつつ、2023年を締めくくりたいと思います。来たる2024年は貝のおはなしもついに50回を迎える記念の年となります。皆様にとっても、素晴らしい一年が訪れますように。本年も誠にありがとうございました。

2023.12.25 安田 風眞
ソデボラ科の貝を見てみる

No. 48 タルダカラ(樽宝)

第48回目は、タカラガイ科のタルダカラ(樽宝)です!
タルダカラは伊豆半島以南、インド-太平洋に分布する殻長90mmほどの大型のタカラガイです。上下に伸びる形状もさることながら殻表には木目のような縞模様が浮かび、和名の通り樽のような外観をしています。
 
濃淡を交互に繰り返す褐色で模様を描く背面は、遠い日に追いかけた夕陽のような、何やらノスタルジーを感じさせるセピア色。そして腹面に向かうにつれて夜の帳が降り、全てを飲み込むほどの深い漆黒で覆い尽くされます。本種のような黒色系統のタカラガイにおいては往々にしてその艶やかさが強調され、顔が映り込むほどの鏡面仕上げの、凄まじい光沢を帯びます。そして本種の殻口には非常に密に唇歯が発達し、歯間に刻まれる溝には白い差し色が入ることで平坦な腹面にシャープさを与え、色彩のコントラストと表情の変化に思わずため息が漏れます。そしてやはり大型のタカラガイには他の追随を許さぬ迫力が宿り、緻密で繊細な小型種とは一線を画する存在感を誇ります。一方で本種の殻は大型種にしてはやや薄手のため、手に取ると見た目に反しその軽さに驚かされることでしょう。確かに重量感を欠くという点においては若干の物足りなさを感じざるを得ませんが、そんなことはこの圧倒的な輝きの前では瑣末な問題にすぎず、結局は手に取り見入ってしまうのです。
タカラガイは普段は外套膜という軟体部の一部で殻を包み込んでおり、ゆえに汚れや傷が付かずガラスのような特有の輝きで覆われます。この外套膜の色や模様は当然種によって異なるものですが、本種の場合は全体にイボ状の突起が発達したうえに細かい斑点が散りばめられ、初見では”触ってはいけない何かに違いない”と本能的に拒絶してしまうほどの特異な出で立ちをしています。残念ながら生時の写真を撮り損ねてしまったので、ぜひ画像検索してみてください。
余談ですがこのタルダカラは、本州最南端は南紀串本にて後輩が採集しプレゼントしてくれたものです。前々回のスイジガイしかり、ここのところ後輩たちに助けられてばかりです・・・。素敵な貝仲間に巡り合い、つくづく私は幸せ者だなと、改めて感謝を噛み締める今日この頃です。
2023.11.28 安田 風眞
タルダカラガイ商品はこちら

No. 47 ハナビラダカラ(花弁宝)

第47回目は、タカラガイ科のハナビラダカラ(花弁宝)です!
本種は房総半島・男鹿半島以南、インド-西太平洋の潮間帯に分布する小型のタカラガイで、タイドプールで簡単に観察できる本科の代表種の一つです。そのため初めて出会うタカラガイとなることも多く、特別な思い入れがある方も少なくはないことでしょう。また採集が容易なことから、様々な加工品となり何かと目にする機会が多い存在でもあります。
その知名度の高さゆえに「白地に花びら一枚の、シンプルで飾り気のないタカラガイ」というイメージが定着しているように感じますが、実はハナビラダカラは白い貝ではない、というのはご存知でしょうか?採集して間もない個体では、背面は青みがかった薄いグレーで彩られます。そしてここにトレードマークである2本の鮮やかなオレンジ色のラインが走り、概ねこれを境に淡いベージュへと塗り分けられます。かくの如く色彩の変化に富む本種は、十分に鑑賞に堪えうる美貝といえるのではないでしょうか。さらに大きくとも30mmに満たない可愛らしいサイズ感ながらもしっかりとタカラガイの名に恥じぬ輝きを放つ様も相まって、眺めるほどに惹かれてゆく魅力があります。確かに希少価値こそ皆無に等しく軽んじられがちな本種ですが、私は”磯の名脇役”として、本種を讃えたいと思います。
雪国に育った私はかつて、ただひたすらに南の海に憧れました。そんな少年の日に初めて訪れた沖縄で、初めて採集したタカラガイこそがハナビラダカラであり、その鮮やかな様に目を奪われたことを覚えています。日本近海産貝類図鑑にこそ男鹿半島に分布との記載がありますが、19年間過ごした故郷ではついにその片鱗すら見ることはありませんでした。秋田ラベルのハナビラダカラ、いつの日か標本箱に収めたいものです。

2023.10.25 安田 風眞
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No. 46 スイジガイ(水字貝)

 

第46回目は、再登場!ソデボラ科のスイジガイ(水字貝)です! 
第3回(2019.12.20)で登場したスイジガイですが、約4年の月日を経てここに再登場です。前回は修士論文の大詰めの中、息抜きで本種への在らん限りの愛を綴ったことを記憶しています。そして先日、某南の島に出張中の研究室の後輩から一本の電話がありました。「スイジガイを送ります」…その一言は淡々と過ぎて行くモノクロの日常を瞬く間に彩り、本種への想いがどうしようも無いほどに溢れ、現在に至ります。
そんなことは良いのです。とにかく写真を見てください、これこそがスイジガイの選ばれし美個体の"輝き"です。
 
殻口はもはやこれを讃える言葉など必要もなく強烈な光沢を放ち、その鮮やかな様は夕陽に燃える東シナ海が閉じ込められたかのよう。そして全体を俯瞰しても殻表に目立った傷や侵食も無く濃い色彩の斑紋で彩られ、久しぶりに良いスイジガイを見たなと、自ずと口角が上がります。全ての棘が鋭く伸び、力強く天を突く様は見事の一言に尽き、実に見応えのある素晴らしい標本です。
しかし嘆かわしいことに、水から揚げて標本箱に収めた貝たちには、褪色という避けようのない運命が待ち受けています。今この瞬間こそが最も美しく、完璧を維持することは決して叶わない…。その儚さに世の無情を憂い、そして貝屋はまた海へと向かうのです。
実は今回の後輩からの電話は貝の標本処理に関する相談で、このスイジガイは彼が生貝から処理して一人で仕上げたものです(少し感動しました)。学生の頃からひたすら魚を追う生粋の"魚屋"の彼が、まさか貝を集め始めるとは。人は一度貝の魔性に取り憑かれると、もう二度とその虜から抜け出すことはできません。しかし貝を通して見る世界はただひたすらに美しく、これからも素晴らしき貝ライフを楽しんで欲しいと思います。

2023.9.20 安田 風眞
スイジガイ商品はこちら

No. 45 クマノコガイ(熊の子貝)

 

第45回目は、バテイラ科のクマノコガイ(熊の子貝)です! 
本種は福島県・能登半島以南の潮間帯岩礁域に分布する、殻長30mm程度の巻貝です。殻表は真っ黒で凹凸を欠き、ややマットながらさらりと手触りの良い質感をしています。殻口は真珠層で覆われ、殻軸を中心に緑〜黄色のアクセントが入り、その美しさたるや圧巻の一言に尽きます。前回登場のスガイでも似たような感想を述べたばかりですが、殻口を上にして眺めた際の満足度は真珠層の広がりが大きい本種が遥かに勝ります。しかし、神は二物を与えないというもの。本種の蓋は有機質のペラペラのもので、高級感を欠きます。
また、スガイとは対照的に本種の殻表には付着物がないことが多く、水に濡れている時は深い黒色に鈍く輝きます。螺塔は低く、撫で肩のデザインと相まってまさしく和名の通り、ちょうど仔熊のようなコロコロとしたあどけない可愛らしさと、しかし重厚な存在感を放ちます。本種もまた、市場流通こそ滅多にしないものの昔から食卓で親しまれてきた貝の一種で「シッタカ」の名前でご存知の方もいらっしゃるかもしれません。
熊の子といえば、皆さんは仔熊を見たことはありますか?知床半島を訪れると、子連れのお母さんヒグマと遭遇してしまうことが時折あります(人にも熊にも最も危険な状況)。その中でも絶対の安全が担保された知床五湖の高架木道から、幸運にも親子熊をのんびり観察したことがあります。お母さんが笹藪の日陰で休み、ぬいぐるみのような当歳子が無邪気に雪遊びをする様子に時間を忘れて見入ってしまいました。…これ以上は”熊のおはなし”になってしまうのでこの辺りでやめておきます。まだまだ暑すぎる夏は続きます、皆様も体調管理には十分お気をつけてお過ごしください。
2023.8.22 安田 風眞

No. 44 スガイ(酢貝)


第44回目は、サザエ科のスガイ(酢貝)です!
本種は北海道南部〜九州南部の潮間帯岩礁に分布する、殻長25mmほどの小型の巻貝です。市場流通こそしないものの海辺の地域では食用として親しまれる貝で、食べた後の蓋を酢に落とすと酢酸で溶けて泡を出しながらクルクルと回るためこの名が付けられました。
サザエのように石灰質で厚手の蓋を持ち、殻口内部は煌びやかな真珠層で覆われます。さらに外唇部はうっすらと橙色で縁取られ、丸く若干の光沢を帯び緑色に輝く蓋と相まって圧巻の美貌を誇ります。一切の希少性を欠く、ごくありふれた小さな貝であるがゆえに見落とされがちですが、20年来私を魅了してやまない魅惑の普通種です。
本種の殻表はカイゴロモという緑藻で覆われていることが多く、この写真では少ししか付着が見られませんが貝殻のシルエットが分からなくなるほどに、阿寒湖のマリモのごとく丸く青々と繁茂している個体も頻繁に目にします(撮影し忘れました、画像検索してみてください)。なんとこのカイゴロモ、スガイの上にしか生えないという特異な生態をしており、夏場は灼熱に曝される潮間帯で暮らす本種にとって耐熱服としての役割を提供しているという研究報告があります。一方で、なぜ付着基質がスガイの殻表でなければならないのかという謎は未だ解明されておらず、長きにわたり研究者たちを悩ませ続ける謎の一つとなっています。
写真の個体は、今月中旬に出張ついでに足を伸ばした神奈川県三浦半島で出会ったものです。久方ぶりに浴びる太平洋の爽やかな潮風と傾き始めた太陽の色は、まだ報じられない梅雨明け宣言を飛び越し真夏の訪れを告げ、海辺で暮らした学生の日々が甦り…。社会人になり大都会で暮らし始めて早4年。初めて訪れた相模湾に、長らく忘れていた夏の美しさを見ました。
2023.7.28 安田 風眞

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