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No. 65 イタヤガイ科のホタテガイ(帆立貝)

 

第65回目は、イタヤガイ科のホタテガイ(帆立貝)です!

ホタテガイは東北-オホーツク海にかけて分布する大型の二枚貝です。もはや日本で最もポピュラーな貝と呼んでも過言ではない本種ですが、たまにはメジャーな種を取り上げてみよう!という試みです。
BBQで殻ごと焼かれるイメージが強い本種ですが、実は十分に鑑賞に耐え得る美貌を隠しており、その意外な素顔に驚かされることでしょう。白く膨らみが強い方が右殻、紫がかった茶色で扁平する方が左殻と呼ばれ、左右ともに殻表には明確な凹凸を伴う端正な放射肋が走り、しっかりとクリーニングを施せば殻表はたちまち鈍くも確かな輝きを放ち始めます。特に左殻においては、個体によっては縦横に走る白色のアクセントで彩られ、これがオホツーク海から昇る雄大な朝日を思わせ目を奪われます。どうですか?ここまで読めば、スーパーに走りホタテを磨きたくなること間違いなしでしょう。ただし、焼いてしまった殻は何をしてもキレイになりませんのでご注意を。

食材として愛されるホタテの軟体部のうち、最も人気な貝柱は学術的には「閉殻筋」と呼ばれ、読んで字の如く殻を閉じるための筋肉です。二枚貝の殻は通常、弾力のある靭帯で常に開く方向にテンションがかかっており、筋肉の力でその殻を閉じています。本種の場合は殻を勢いよく閉じて水を噴射することで海中を”飛ぶ”ことができ、日常の移動や捕食者からの回避運動をすることで有名ですよね。この遊泳能力を獲得するために、本種の閉殻筋は非常に大きく発達しました。その結果、美味しさと可食部の歩留まりの良さに人間が目を付け、古より食卓に欠かせない味覚となってしまったのですから皮肉なものですね。

大きなものでは殻長200mmを超える本種ですが、現代ではそんな大型個体は滅多にお目にかかることはできなくなってしまいました。本種やサザエ、アサリのような重要水産種は常に一定の捕獲圧がかかっているため、漁業が行われる範囲では天寿を全うする個体は極端に珍しくなっているのです。先月まで開催されていた国立科学博物館の企画展「貝類展」では”2度と手に入らない貝?”との説明書きが添えられた、それはそれは見事としか言いようのない殻長218mmの標本が展示されており、圧倒的な存在感で人気を博していました(猛烈に欲しいです)。私が暮らす北海道東部の海域では大きな個体が水揚げされることで定評があり、特に「尾岱沼のホタテ」は現在漁獲される中では日本最大級のサイズと名高いブランド物です。実は今回の写真の個体こそがまさに尾岱沼産であり、殻長163mmとなかなかに立派なサイズ感。しかし普段からよくお世話になっているシカ撃ち仲間の酪農家さん曰く、昔は車のハンドルくらい大きいホタテがあったもんだぞ、と・・・。なんて羨ましい・・・。いつの日か、幻の巨大ホタテを手に入れたいものです。

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2025.4.29

安田 風眞

No. 64 ムラサキイガレイシ(紫毬茘枝)

 

第64回目は、アッキガイ科のムラサキイガレイシ(紫毬茘枝)です!

ムラサキイガレイシは、紀伊半島以南、熱帯インド-西太平洋に分布する殻長30mmほどの巻貝です。

白地に黒色の突起が散りばめられた本種の殻表は、背中から眺めると非常に地味で”通好み”な出立ちをしています。海中で岩に張り付く姿はもはや周囲と見分けがつかいないほどに藻類で覆われ、目が慣れないとその存在に気がつくことすら難しいかもしれません。ところがひとたび岩から剥がせば、うって変わって殻口があまりにも鮮やかな紫色に輝く様に、瞬く間に心を奪われることでしょう。腹面の大部分は透明感を伴う非常に強い光沢で覆われ、その類稀なる艶やかさと歴戦を思わせる背面とのギャップに驚きが隠せません。老成個体では殻口内唇と、特に外唇に歯状の強い突起が形成され、これにより開口部は極端に狭くなります。一方で若い個体では口が大きく開き、その外縁に並ぶ突起の内側は黒く塗られ、まだ紫で塗り固められる前の白色を帯びる周辺の色彩と美しいハーモニーを奏でます。数ある巻貝の仲間の中でも紫色の口を持つものは少数派で、ひときわ特別感を醸し出す本種は、時折標本箱から取り出してはふと眺めたくなる、そんな魅力あふれる貝の一つです。リーフエッジの岩盤上という波当たりの強い環境で暮らすためか、殻表は成長と共に侵食が進み、ゆえに若い個体ほど突起は鋭く伸びます。しかしながら本種最大の魅力である殻口に関してはやはり老成個体に軍配が上がり、背を取るか腹を取るかで狙うべき個体が分かれるため、本種もまた複数パターンで標本を揃えておくと良いでしょう。

余談ですが、ムラサキイガレイシを含む巻貝の多くは蓋を持ち、乾燥標本の作成時は殻口に化学繊維の綿を詰めて澱粉のりで蓋を貼っておくのが一般的な手順になりますが、本種の老成個体の場合は身抜き後に蓋を収めるのは非常に困難になります。学生の頃、何とかして入れようと試みた結果、見事に蓋を割ってしまった苦い経験も・・・。人生、何事も無理をしてはいけないと、そんな教訓が見え隠れします。

2025.3.28

安田 風眞

No. 63 ボタンウミウサギ(釦海兎)

第63回目は、ウミウサギガイ科のボタンウミウサギ(釦海兎)です!

ボタンウミウサギは沖縄以南、熱帯インド-西太平洋に分布する殻長30mmほどの巻貝です。ソフトコーラルに付着し、これを捕食して暮らしています。殻の形状からお察しの通り、科こそ分かれますが「タカラガイ上科ウミウサギガイ科」に属する、タカラガイの仲間になります。
本種が生時に殻を包む外套膜は白を基調に大小の黒点が密に散りばめられた奇抜で毒々しいルックスですが、優しく指で突くと軟体部が収縮し、たちまち可愛らしい貝殻が姿を見せます。純白の殻表はマットな仕上げで、シルクのような落ち着きのある光沢を帯びます。殻口はまさしくタカラガイらしい形状をしており、外唇には細かい歯が刻まれます。そして両端はピンク色に染められ、もうこれだけでも十分に魅力的であるにも関わらず、そのうえ和名の通りボタンのような丸いデコレーションまで添えられる始末。手のひらの上でコロコロと転がし、目線の高さまで持ち上げ端から眺めれば、いよいよ両手両足を突き出し跳ね回るウサギに見えてきませんか?だって尻尾まであるんですよ!ふとした瞬間に標本箱の中から跳ね出してしまいそうな本種は、見ているだけでドリーミーな想像が掻き立てられる実に楽しい貝です。
ウサギ繋がりの余談をひとつ。猟期も終わり、ここ最近はエゾユキウサギ探しの雪山トレッキングにのめり込んでいました。先日も森の中で雪をかき分けていると、ついに出会ってしまったのです。かつてアイヌ民族が“山の神 キムンカムイ”と称えた日本最大・最強の陸棲動物に・・・。真っ黒で巨大な体に金色の頭で、大地を揺るがせ駆けるその姿は神々しく、震え上がるほどに恐ろしくも実に美しい生き物でした。これからも万全の対策と適切な距離を保ちつつ、北海道の大自然を満喫したいと思います。

ボタンウミウサギはこちら

2025.2.27

安田 風眞

No. 62 エビスガイ(恵比寿貝)

  

第62回目は、ニシキウズガイ科のエビスガイ(恵比寿貝)です!

エビスガイは北海道南部から九州にかけて日本各地に広く分布する、殻長25 mmほどの巻貝です。末広がりの輪郭を七福神の恵比寿になぞらえ、この名が与えられました。
これぞまさに巻貝!と言わんばかりの実に端正で堂々たるシルエットに、鈍く輝く殻表。色彩は薄い橙色〜褐色へとグラデーションがかかり、さらに夕暮れの空に登る龍を思わせる模様で飾られる様は、眺めるほどに吸い込まれそうになるエキゾチックな魅力を醸し出します。ところが殻を返せば様子は一変し、一切の装飾を欠き、どこかもの寂しさすら感じる素朴な殻底に拍子抜けしてしまうことでしょう。しかしここに真珠色の殻口が大きく開き、この鮮やかな対比によって虹色の輝きが格段に引き立てられるという、"意匠を凝らした"かのようなデザインにたまらない満足感を覚えるのです。
採集ラベルは2017年3月、大学のすぐ横の磯。冷たい海風の中、西日本の早い春の陽気を感じつつこの個体を採集した情景が、ほんの数日前の出来事のように蘇ります。あれからもう8年も経つとは…。スマホで撮った写真や動画よりも鮮やかに記憶に残る標本には、当時の時間がそのまま詰まっているようにすら感じます。2025年も、たくさんの良い思い出ができますように。皆様にとっても素晴らしい一年となることを願います。

 

2025.1.30

安田 風眞

No. 61 イジンノユメハマグリ(異人之夢蛤)

  

第61回目は、マルスダレガイ科のイジンノユメハマグリ(異人之夢蛤)です!

 イジンノユメハマグリは、オーストラリア南部とタスマニア島周辺のみに分布する二枚貝です。大きな個体では殻長70mmを超えますが、50mm前後がメジャーなサイズになります。
 英名はWedding Cake Venus Clam(ウェディングケーキハマグリ)と、なんともオシャレでロマンチックなネーミング。一方で和名は「異人之夢蛤」であり、本邦に分布するユメハマグリという本種とそっくりながら小ぶりな貝(殻長20mmほど)に対し、オーストラリア特産の本種には「異人の」という頭がついたのであろうと憶測しております。意外にも”偉人の夢”ではないのです。
 本種を手に取れば、殻表を飾り立てる輪肋の、それこそデコレーションケーキのような実に可愛らしいデザインに、皆誰しもが瞬く間に虜になることでしょう。このフリルはほんのりとピンクがかり、さらに裏側には非常に細かい溝が刻まれ、卓越した造形美を誇ります。殻頂側から眺めれば、正中線から花開くように均等に輪肋が広がる様に、時の過ぎるのを忘れるほどに目を奪われます。この緻密かつ繊細な美しさを”ユメハマグリ”と表現したセンスには、ただただ脱帽するばかりです。
 2024年も残すところあとわずかとなりました。今年はプロハンターになるという夢を追って北海道へ移住した、まさに人生の転機となる激動の一年でした。今まさにエゾシカ猟期中のため正月すら返上で、師匠の下で修行に明け暮れる日々を過ごしています。本州は上方から遥か蝦夷地へ渡った私も”異人の夢追い人”であり、本種には並々ならぬ思い入れを一方的に抱いていたりします。私事はさておき、来年も皆様にとって良き一年となりますように!2025年もまた、どうかよろしくお願い申し上げます。

2024.12.23

安田 風眞

No. 60 クロユリダカラ(黒百合宝)

  

第60回目は、タカラガイ科のクロユリダカラ(黒百合宝)です!

クロユリダカラは、紀伊半島~東南アジア、およびオーストラリア東部のやや深場に分布する中-大型のタカラガイです。特に大きな個体では殻長80mmに達しますが、そんな逸品はなかなかお目にかかれる代物ではなく、60mm前後のものを見かけることが多い印象です。
 本種を前にまず目に飛び込むのは、鮮やかなオレンジとホワイトスポットで彩られた背面の輝きでしょう。街灯に照らされた穏やかな雪の夜か、またあるいはそよ風を楽しむ夏毛のエゾシカか。見る者によって様々な光景が宿る魅惑のデザインに、胸の高鳴りを感じないことがあるのでしょうか?一方でこの模様の現れ方には激しい個体差があり、スポットの直径が大きく明瞭なほどに本種の価値(売価)は跳ね上がるという厳しい事実もお伝えしなければなりません。そしてこの背面の縁を囲むように走る濃褐色の緻密なラインは単なる色彩ではなく、なんと同色の腹面から続く線状の立体であり、まるで飴細工のような透明感を帯びた儚げな美しさに心を奪われます。もはや、この貝に死角なし。非の打ちどころのない卓越した美貌を誇る本種は、数多なるスーパースターを抱えるタカラガイ科の中でも屈指の美麗種であると、個人的には断言したい所存です。
 小学校高学年生の頃、自分が好きなものについてWordで作文してみよう、というパソコンの授業がありました。当時の私は慣れないキーボードを必死に叩き、図鑑でしか見たことのないクロユリダカラへの恋文をしたためた思い出があります。残念ながらこの文章は現存せず(あの頃はデータをフロッピーディスクに保存したものですね)正確な内容は定かではありませんが、思えばあれこそが最初の貝のおはなしだったのだと、実に懐かしく・・・。そんな憧れの標本を約20年越しにようやく手に入れた今、幼い頃に見上げた故郷・秋田の寒くも暖かかった情景が、本種の背に浮かんでならないのです。

 

2024.11.26

安田 風眞

No. 59 サカマキボラ(逆巻法螺)

第59回目は、カンムリボラ科のサカマキボラ(逆巻法螺)です!

 サカマキボラはメキシコ湾とアメリカ南東大西洋岸周辺浅海域のみに分布する大型の巻貝です。

本種を前にして抱く最初の感想は、なんといってもインパクトある左巻き=逆巻きゆえの違和感でしょう。螺塔の低さと大胆なシルエットも、そのインパクトに拍車をかける要因であるように感じます。ゆえに、なかなかに賛否が分かれる貝の一つではないでしょうか?かく言う私もやはりこのアンバランス感がどうしても受け入れられず、昔は良さを見出すことができませんでした。しかし年とともに好みとは変わりゆくもので、大人になってからはその奇抜さになぜだか無性に心を惹かれるのです。大きな個体では殻長300mmを超え、飾り気の無いデザインながらただならぬ圧倒的な存在感を放ちます。殻はやや厚手かつ堅牢で、手に取ると程よい重量感が心地良いタイプの貝です。今のところ、殻頂側から眺めるアングルがいちばんのお気に入り。螺塔は稲妻模様で彩られ、またオウムガイのような黄金比を感じさせる魅惑のスパイラルと、肩の突起が描く不規則なアウトラインが奏でる絶妙なハーモニーに目が離せなくなります。

 その特徴的なデザインゆえか、その昔ネイティブ・アメリカンはサカマキボラの洞状の螺旋を太陽、生、死に関する観念の象徴と捉え、宗教的儀式の道具として用いていました。さらに軟体部は食料として、大きく頑丈な貝殻は生活用品や時には武器としてもフル活用していたようです。こういった歴史的な価値と希少性が評価され、メキシコ湾に面するテキサス州では州の貝として定められています。また米国郵政公社が印刷した最初の貝殻切手の一つに選ばれるわ、本種の専門書まで存在するわと、アメリカではとにかく人気大爆発の異端児なのです。

 もうすっかり晩秋の北海道では、寒い朝には霜が降りるようになってきました。昼夜を問わず響き渡るシカのラッティングコールはやがて訪れる冬を匂わせ、秋晴れの空に舞う落ち葉に胸が騒ぎます。やはり僕は、暮らしが大変でも雪国が好きです。

2024.10.28 安田 風眞

No. 58 オオナルトボラ(大鳴門法螺)


第58回目は、オキニシ科のオオナルトボラ(大鳴門法螺)です!
 
オオナルトボラは、房総半島・山口県見島以南、熱帯インド-西太平洋域の潮間帯下部・岩礁域に分布する大型の巻貝です。


本種の殻は手に取るとずっしりと重く、肩には丸くも尖った結節が並び、大きな個体では170mmに迫るその大きさと相まって物々しい風格を帯びます。板状に広がる外唇により殻口は面となりテーブルに張り付き、ここに食い込むように重なる縦張肋、後方を突く螺塔のバランスが実に美しく、大鎧を着込んだ歴戦の猛者のような出立ちに高揚を覚えずにはいられません。こうして一通り背中を眺めた後に殻を返せば、一際大きな殻口に目を引かれることでしょう。トウカムリを彷彿とさせる、とまでは言い過ぎかもしれませんが、大きく発達した内唇滑層と、これまた大きく波打ちながら張り出した外唇を以て円を描く様は、見事としか言いようがない圧倒的な存在感を放ちます。この外唇と内唇は長く半管状に発達した後溝と前溝(水管溝)によって隔てられ、これにより与えられる緩急が飽きを忘れさせるデザインを生み出します。また殻口は奥へ進むほどに濃さを増す橙色で、荒々しい外観とは反して強い輝きを帯び、こんなギャップにも心を惹かれるのです。


本種はイセエビ刺し網漁の外道として有名な貝です。少年の日に「和歌山や四国の港に行くと拾えるんだよ」と聞いた言葉が頭から離れず・・・。やがて大学生となり初めて四国を訪れた際に、漁港に本種の大きな殻がゴロゴロと転がる、噂と違わぬ光景を目の当たりにし胸が震えた懐かしい記憶が蘇ります。海の香りや空模様、吹き抜けた風や当時の人付き合いまで。本種に限らず、さまざまな記憶が詰まった標本たちは、まさに思い出そのものです。


今回は珍しく、未クリーニング状態の標本を紹介してみました。造形美こそ変わらないものの、ひょっとすると魅力が伝わりにくかったでしょうか?クリーニング後に再登場するかもしれませんので、乞うご期待!


2024.9.27 安田 風眞

オキニシ科の貝殻はこちら>>>

No. 57 エゾチヂミボラ(蝦夷縮法螺)


第57回目は、アッキガイ科のエゾチヂミボラ(蝦夷縮法螺)です!
 
エゾチヂミボラは、東北地方以北、北海道、オホーツク沿岸の潮間帯下部〜潮下帯に生息する殻長50mmほどの巻貝です。

本種は実にアッキガイらしい端正なシルエットが印象的であり、また殻色には個体差があり白色系と褐色系に大きく分けられます。特に褐色系の個体では殻口は薄らと淡い紫色を帯び、複数個体を並べその色の違いを楽しむのが大変心地よい貝です。そして殻表には鰭状に発達した成長脈が非常に密に並び、目を凝らせばその類稀なる美しさ、緻密な芸術性に目を奪われることでしょう。これをちぢみ織りの生地に見立ててチヂミボラの名が与えられました。しかし、察しの良い読者の皆様はもうお気付きかもしれませんが、この突起の表裏には概ねフジツボや石灰藻類といった付着生物がびっしりと張り付き、鱗片が埋もれて見えないほどの個体も珍しくありません。これを柄付き針を使ってちまちまとクリーニングしていき、殻を欠損させることなく仕上げた瞬間には得も言われぬ達成感と快感があり、標本をじっくりと眺めては悦に浸ってしまうのです。…と、言いつつもやはり作業効率を考慮して、なるべく付着物が少ない個体を選んで採集することが肝要である、という点はここに記しておきます。

 


なんということだ。こんなにも美しい貝が、いつも夕日を眺める港の足元に暮らしていたのです。ふと視点を変えるだけで、日々の中に見落としていた幸せに気が付くのかもしれない。そんな教訓がこの標本には詰まっているように思えてなりません。網戸から吹き込む夜風はもうすっかり冷たくなり、秋の足音が聞こえる道東です。この秋風が運んでくる便りを探しに、明日は砂浜に行ってみようか。どんな出会いが待っているのか分からないからこそ、自然遊びはやめられないのです。

 


2024.8.30 安田 風眞
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No. 56 ワタナベボラ(渡辺法螺)

第56回目は、ソデボラ科のワタナベボラ(渡辺法螺)です!
 
ワタナベボラは、紀伊半島から四国沖、フィリピン近海の深場に生息するソデボラ科の希少種です!本種の和名は、神奈川県は江ノ島の貝類商・渡辺傳七氏に由来します。渡辺氏は貧しい漁師の家に生まれ、桶職人になり、やがて貝細工師として巨万の富を築いた伝説的な人物であり、氏を偲んだ「故渡辺傳七老人を憶う」という貝類学会誌への寄稿文がフリーで閲覧できるので、ぜひネット検索して読んでみてください。


本種の螺塔はシャープながらも撫で肩で優しい曲線を描き、体層から一気に膨らんでは急激に窄まり水管溝が針の如く伸びる様は、まさにガラス細工そのもの。淡い橙色を帯び鈍く輝く殻表は、目を凝らせば非常に密で繊細な格子状の凹凸で覆われ、じっくりと見入らざるを得ない魅惑のデザインに心を奪われます。そして殻口外唇には6本の牙状突起が並び、単調なシルエットにアクセントを与えます。この棘の背面側には褐斑と白斑が交互に並び、先端に近づくにつれ濃くなる濃褐色で縁取られます。殻口側から眺め、背面側から眺め、幾度となく返してみたり、回してみたり。どこから見てもため息の漏れる本種は、類稀なる美しさを誇る日本の至宝といっても過言ではないでしょう。御多分に洩れず、やはり本種も生息環境の特定や採集技術の進歩と共に希少性を失った貝の一つです。でもそれは、安価に出回る海外産個体の話。国産ワタナベボラは未だ希少でありその輝きを失わず、貝愛好家が夢みる高嶺の花なのです。

ちなみに本種、私の標本含め海外産のものは殻が薄く、国産の個体は重厚になるんだとか。実はこれ、有名どころで言うとホラガイにも同じことが当てはまるんです。なぜなんだろう・・・。自由研究のテーマにしては重すぎるかな、そんなことが脳裏をよぎる、20代最後の夏の今日この頃です。

2024.7.29 安田 風眞
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